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ランダムサンプリング

ランダムサンプリング

昨年から本の執筆が立て込んでいたが,脱稿してようやく一息つけた。

今年度中に書き残しておきたいことがあった。

1ヶ月前,教え子だったKくんが急逝した。31歳の若さだった。

彼の専門は社会心理学で,その分野の大御所の先生と私が,学部生のころから共同で指導してきた。

才気煥発というタイプではなかった。最初の実験を論文にするのに数年かかった。しかし,まれにみる努力家で,とにかく時間をかけて研究に取り組んでいた。

私は,他人の努力に感心することはあまりない。研究者が努力するのは当たり前だからだ。でも,彼に対しては,なかなかやるなと瞠目していた。その甲斐あって,ある時から,抜群に研究業績が出はじめた。

私の研究室で博士を取った後,アメリカに留学し,帰国後に東大でポスドクをした。昨年4月に実家近くの私立大学に専任講師として着任した。この時世に,いきなり任期なしの大学教員として職を得るのは異例のことだが,彼にはそれだけの実績があった。

「かわいい」についての共同研究も,一緒に始めたところだった。

教え子の中には,いろいろな点で私より優れた学生がいる。人間関係や社交性については,私など及びもつかない人物がたくさんいる。でも,専門分野で私を超えると思える学生には滅多に出会わない。Kくんはほとんど唯一の例外だった。

『論語』には,孔子が愛弟子の顔回(顔淵)を亡くしたときの様子が出てくる。定かではないが,顔回も31歳で亡くなったという説がある(前514~前483,大辞林)。

孔子は30歳ほど年上だったが,動揺して,「ああ天は我を滅ぼせり,我を滅ぼせり(噫天喪予,天喪予)」と号泣した。他の弟子から「先生は取り乱していましたね」と言われると,「そうか,取り乱していたか。でも,この人のために嘆かずに誰のために嘆くのか」と答えた。

なぜ「我を滅ぼせり」なのか。

Kくんのことで分かった気がする。これは,悲しすぎて自分がダメになってしまうという意味ではない。「我」というのは,個人ではなく,自分が目指している大きな理想のことだ。たとえ自分がいなくなっても,この人ならこの道を発展させてくれるだろう。そう心から期待していた若い人を失ったことは,まさに自分の夢が断たれたように感じられたのだろう。

あまりに突然のことだったから,悲しいとか,冥福を祈るといった言葉では,気持ちをうまく表現できない。「なぜ彼が」といろいろと考えてみるが,納得できる理由は思いつかない。

科学では,「ランダムサンプリング」という方法で対象を集めることがある。母集団から無作為に対象者(サンプル)を選びだす。ランダムであるということは,「理由がない」ということだ。理由があったらランダムではない。科学は理路整然としているので矛盾しているようだが,科学だからこそ,ランダムにするのだ。

「Kくんはランダムに選ばれた。」

そう考えるのが,ともに科学を行ってきた同志に対する最大の敬意のような気がする。

どんな理由をつけられても納得できない。でも,科学だからだよね,Kくん。

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