「ふつうの人」をどうするか

最近の大学教育の風潮として,リーダーの育成を掲げることが多い。リーディング大学院をはじめとして,少数の学生に多額の費用をかけて育てようとしている。

リーダーの育成を否定するわけではない。しかし,日本の大学生の数を考えたら,少数のリーダーに注力するより,「ふつうの人」(中間の5割)をどうするかを真面目に検討しないといけない。

公的な教育資源は限られているから,最大のアウトプットが得られる工夫が求められる。

「ふつうの人」に達していない学生もいる。そこに労力を割くのは,本来は大学教育の役目ではない。同様に,上位1-2割だけに資源を集中させるのも最適ではない。

研究費の配分も同じである。大きな予算のついた研究室が,金額に比例して,インパクトのある研究を量産しているわけでもない(少なくとも私の分野では)。

なぜなら,ボトルネックは人的資源にあるからだ。人材の流動性が高ければ,よい待遇を提示して優秀な人材を一ヶ所に集めることができるかもしれない。しかし,今の日本はそのような仕組みになっていないので,優秀な人材は全国に散在している。したがって,ふつうの5割を底上げするのが,もっともアウトプットを向上させるはずだ。

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「ふつうの人」のために,大学教育の目標はどこに設定したらいいのだろうか?

学生に説明するために,いろいろと考えてきた。

今のところまずまずの回答だと思うのが,「自立して食べていくために人とつながる力を獲得する」ということである。

お金を払ってでもつながっていたい/つながることに価値があると思ってもらえる人になること。

簡単に言ってしまえば,他の人にとって何か役に立つ人になることである。

これには2つの方法がある。

1つは,機能的に役立つことである。人ができないことを達成したり,大変な作業を肩代わりしたりすることである。

もう1つは,情緒的に役立つことである。人をいい気持ちにさせたり,嫌な思いをさせないことである。

前者の機能性は,これからの時代には獲得することがますます難しくなってくる。グローバル化やコンピュータの発達に伴い,従来のホワイトカラー職の数は減り,低賃金化していくのは目に見えている。大学の専門教育が目指すのは,この機能性の獲得だ。しかし,世界を相手にする時代には,その商品価値は下落していく。世界で通用するレベルになるのは難しい。

後者の情緒性は,これまで軽んじられてきたが,これからの時代はもっと重視されるはずだ。しかも,前者よりずっと簡単に修得でき,境界が限定される(遠くの競争相手を気にしないでよい)という利点がある。

ものの言い方ひとつで印象も変わる。この分野の古典は,やはり

デール カーネギー (1937/1999). 人を動かす 新装版 創元社

である。すべての自己啓発書の出発点と言ってもいい。一言でいえば「ベタ」な処世術であり,若者うけするかっこよさはない。しかし,ベタなものでも役に立つものは役に立つ。

最近は,こんな手軽な本も出ている。

話題の達人倶楽部 (2012). できる大人のモノの言い方大全 青春出版社

話題の達人倶楽部 (2013). できる大人のモノの言い方大全 LEVEL2 青春出版社

学生にはぜひ読んでほしい。人づきあいが苦手というのは,気質の問題もあるから,そう簡単に変わるものではない。しかし,訓練すればある程度のスキルは身につく。

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まとめると,自立するためには,機能性と情緒性の両方(=これを総合人間力といってもいい)が必要だ。

人によって得意不得意があるので,どのようにバランスをとったらいいかを一人一人が考えるといい。

機能性が高い人は,情緒性が多少低くても声がかかる。

機能性が人並みならば,情緒性を少し磨けば,より魅力的になれる。

機能性が低いなら,情緒性こそ訓練する値打ちがある。

「相手を気持ちよくさせる」というスキルはどこに行っても必要だ。それに気づくのに本当に長いことかかった。

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