『「かわいい」のちから』が出版されて,ちょうど1年が経った。
出版されたときは,新型ウィルスがここまで猛威をふるい,人々の生活を一変させることになろうとは,夢にも思わなかった。
「かわいい」には,「対象に接近したい」という気持ちが含まれる。しかし,現在は,人と距離をとりなさい,6フィート(2メートル)以上離れなさい,というソーシャルディスタンスが世界中で要請されている。社会的に距離をとることを求められたら,「かわいい」という気持ちは委縮してしまうように思える。「かわいい」はこれからどうなっていくのだろうか?
そんなことをしばらく考えていたのだが,何となく方向性が見えてきた。
この生活の変化によって,「かわいい」と感じる心を進化(深化)させることができるはずだというのが,今のところの結論だ。
ソーシャルディスタンスとは,周囲の人との距離を自覚しなさいということである。「かわいい」がもたらすネガティブな側面として,自分の楽しい気持ちを抑えきれず,衝動的になって,相手とぶつかってしまうことがある。他者との距離に自覚的になるのは,そのような危険な部分を防ぐ効果があるかもしれない。「かわいい」という気持ちをすぐに行動に移さず,自分のなかで咀嚼して味わうことで,いっそう豊かな「かわいい」体験を生み出すことになるはずだ。
「かわいい」には,人とつながる力がある。ソーシャルディスタンスの要請は,それを阻害するように見えるが,いったん止まって自分の心の動きに注意を向ける習慣を作るのに役立つかもしれない。
「かわいい」と感じるには,適切な距離が必要である。近すぎたら,逃げ道がなくなり,自分に害を及ぼすように感じてしまうからだ。これは,子どもに対しても同じである。家のなかにこもっていたら,「かわいい」という気持ちも,感謝の気持ちも減ってしまう。
このように考えると,距離をとることは「かわいい」にとって悪いことではない。
脅威的な事態では「かわいい」と感じにくいが,脅威が下がると,また「かわいい」を求める気持ち,人とつながりたい気持ちが戻ってくる。
これからは,それをすぐに行動に示さず,心のなかで咀嚼する習慣が求められるようになる。「自分はなぜこの人をかわいいと思うのだろうか」「自分の気持ちはどこまで本当だろうか」・・・
長丁場となるコロナからの回復過程のなかで,新しい「かわいい」の力がきっと役立つはずだ。