コルチャック先生

学生時代に読んだ本の記憶をもうひとつ。

ヤヌシュ・コルチャック(ヘンリク・ゴールドシュミット)は,ポーランドで生まれたユダヤ人である。小児科医であり,作家であり,教育者であった。1911年ごろからワルシャワに2つの孤児院を作り,子どもの自治・自主性を尊重する革新的な教育を行った。その実践は30年間も続けられた,

1942年,自分だけに与えられた救済の手を断り,200名の子どもたちとともに,ポーランド北東に位置するトレブリンカ強制収容所(抹殺キャンプ)に送られた。

「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」(1989年国連採択,1994年日本批准)にも強い影響を与えたといわれている。

今では,この人の名前を聞くことも少なくなった。しかし,私が学生のときには,ちょっとしたブームだった。

彼の生き方に感銘をうけた私は,1997年にポーランドを訪れ,記念碑を見るとともに,アウシュビッツにも足を運んだ。ポーランドのアンジェイ=ワイダ監督の手によって映画も作られている。

 
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今でも記憶に残っているエピソードとは,コルチャック先生が,ポーランド放送の連続ラジオ番組で子どものころの思い出を語った場面である。

子どもであったコルチャック先生は,冬の朝に,いつものように軌道馬車に乗って学校へ通っていた。しかし,馬車は吹きだまりのなかで立ち往生してしまう。

 馭者は鞭で激しく馬を駆り立てようとする。だが雪は深く,馬は動かない。鞭はますます激しく打ち下ろされる。たまりかねて,私は思わず叫んだ。

「ああ,おじさん,そんなにひどく打たなくたっていいんじゃない」

 すると馭者は,無愛想に私の方を向いて言った。

「さあ,降りろ,それで馬をひっぱればいい。そんな優しい心を持っているなら,さあ,馬車から降りろ,馬は少しは楽になる」

 私は本当に恥ずかしくなった。この日のことは私にとって生涯忘れられないことになった。よくわからないなら口出しをするな。手助けしないなら文句を言うな,批判するな。

近藤二郎 (1995). コルチャック先生(朝日文庫)朝日新聞社 pp. 146-147

いまは絶版になっているようなので,こちらも紹介する。

近藤二郎 (2005). 決定版 コルチャック先生 平凡社

自分で動く覚悟がなければ,口を出さない。いまだに座右の銘にしている。

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