事象関連電位(ERP)とは?
簡単な説明
生きている人間の頭部に2つの電極を貼りつけると,その間にわずかな電位差(電圧)が生じます。その大きさは数十マイクロボルト(1μVは100万分の1 V)にすぎませんが,脳波計(差動増幅器)で数万倍に増幅すると,リズムを持った波として観察できます。これが脳波(electroencephalogram: EEG)です。脳波は,その個体が生きているかぎり絶え間なく自発的に出現します。他方,ERPは,光や音,あるいは自発的な運動といった特定の事象に関連して一過性に生じる脳電位で,自発脳波に重畳して記録されます。
初期の研究では”誘発電位(evoked potential: EP)”という語を使い,物理刺激が引き起こす脳電位反応を対象にしてきました。しかし,その後,少なくともその一部は刺激の意味や注意といった心理的変数によって変化すること,また外的刺激がなくても生じる脳電位(放出電位 emitted potential)があることが明らかになりました。そのため,現在では,外的刺激との因果関係を示す”誘発”電位ではなく,より中性的な”事象関連(事象に時間的に関連した)”電位という語がよく使われています。
さらに知りたい方は,ここからERPについての解説記事(PDF 577 KB)をダウンロードできます。もっと詳しい情報は,『心理学のための事象関連電位ガイドブック』(2005年,北大路書房,190ページ)を参照してください。
『心理学のための事象関連電位ガイドブック』
入戸野 宏 (2005). 心理学のための事象関連電位ガイドブック 北大路書房 (190ページ)
アマゾンで購入できます。ぜひ一度ご覧ください。
おかげさまで,第5刷ができました(2017年6月20日)。
この本に十分書けなかった統計分析とフィルタについては,雑誌「生理心理学と精神生理学」に評論(解説記事)を書いています。
細心の注意を払って執筆しましたが,出版後に気づいた点について訂正・補足します。
本当に申しわけありません。
間違いに気づかれた方は,ぜひともご連絡ください。
(1) 訂正
第2-4刷訂正箇所一覧 (PDF)
- 5頁,本文12行目. 第1章1節2「歴史」(187頁の目次も) 2007年3月26日追加
誤:「随伴性陰性変動(contingent negative variation)」
正:「随伴陰性変動(contingent negative variation)」
※完全な間違いではないですが,「脳波・筋電図用語事典 新訂第2版」(1999)に従って「性」を外します。
- 10頁,本文9行目. 第1章2節2「加算平均法」(関西学院大学片山順一先生のご指摘に感謝します)};
誤:「N回の加算平均でその振幅は1√Nになる。」
正:「N回の加算平均でその振幅は1/√Nになる。」 ※割り算の記号が抜けています。
- 12頁,本文下から4行目. 第1章3節1「ERPの元になる神経活動」2005年12月10日追加
誤:「大脳皮質は6層からなり,」
正:「大脳皮質(新皮質)は6層からなり,」
- 13頁,本文2行目. 第1章3節1「ERPの元になる神経活動」
誤:「平均的なニューロンには約1,000個のシナプスがあり,」
正:「平均的なニューロンは約1,000個のシナプスを形成し,」
※この箇所では,他のニューロンへのシナプス結合(出力)について述べています。
- 14頁,本文8行目. 第1章3節1「ERPの元になる神経活動」
誤:「他のニューロンのシナプスから放出された神経伝達物質が・・・」
正:「他のニューロンの終末ボタンから放出された神経伝達物質が・・・」
※シナプス(synapse, ギリシャ語の連結部/接触点)は2つのニューロンの接点なので,神経伝達物質を出すニューロンと受けるニューロンのどちらに含まれるとはいえません。
- 14頁, 本文15行目. 第1章3節1「ERPの元になる神経活動」 2011年6月28日追加
誤:「塩素イオン」
正:「塩化物イオン」
※ 「Cl-」を「塩素イオン」と書きましたが,「塩化物イオン」と呼ぶのが正しいようです。(42頁,23行目も同じ)
- 24頁, 本文4行目. 第2章1節3「ERPと心理学理論」(科学警察研究所松田いづみ先生のご指摘に感謝します)
誤:「皮膚電気活動を驚愕の指標とする」
正:「皮膚電気反応を驚愕の指標とする」
※electrodermal response
- 24頁, 本文20行目. 第2章1節3「ERPと心理学理論」
誤:「微笑む行動(smiling behevior)」
正:「微笑む行動(smiling behavior)」
- 28頁, 本文27行目. 第2章2節1「ERPの長所」
誤:「タイミング(正しい/半拍遅れる)」
正:「タイミング(正しい/1拍半遅れる)」
- 42頁, 本文23行目. 第3章1節1「電極の材質」 2011年6月28日追加
誤:「塩素イオン」
正:「塩化物イオン」
※「Cl-」を「塩素イオン」と書きましたが,「塩化物イオン」と呼ぶのが正しいようです。(14頁,15行目も同じ)
- 45頁, 図3-1「標準電極配置法」
誤:FC9, FC7, FC8, FC10
正:FT9, FT7, FT8, FT10
※図3-1右の電極の名称が一部間違っていました。正しい図はこちらです。赤で示した部分を訂正してください。FT は frontotemporal の略です。
- 47頁, 下から8行目 第3章2節2「10%法(拡張10-20法)」
誤:「新しく追加された部位は,・・・略・・・,FC(fronto-central: 前頭-中心部),CP(centro-parietal: 中心-頭頂部),・・・」
正:「新しく追加された部位は,・・・略・・・,FC(fronto-central: 前頭-中心部),FT(fronto-temporal: 前頭-側頭部),CP(centro-parietal: 中心-頭頂部),・・・」
※抜けていました。
- 57頁,上から17行目 第3章5節2「フィルタ特性」(愛媛県立子ども療育センター若本裕之先生のご指摘に感謝します) 2009年8月24日追加
誤:「1/10, 1/100, 1/100」
正:「1/10, 1/100, 1/1000」
※最後の数字が間違っています。
- 59頁, 上から8-9行目 第3章5節2「フィルタ特性」(186頁の目次も) 2007年9月17日追加
誤:「遮断周波数(cut-off frequency)」
正:「遮断周波数(cutoff frequency)」
※”cutoff” に,ハイフンはいりません。
- 73頁, 下から8-10行目 第3章7節4「デジタルフィルタ」
下ツキの添え字がうまく印刷されていません。「dn-1」,「dn-2」ではなく,「dn-1」,「dn-2」です。
- 83頁, 図3-15「振幅の尺度化による頭皮上分布の分析」
「最大値-最小値」のグラフ(BとE)が間違っています。正しい図はこちらです。BとEでは,最小振幅が0,最大振幅が1になるように尺度化(基準化,標準化)されます。
- 133頁, 付録の訳者注 ◆17 眼球運動について
誤:「3次元での回転は,水平(x軸),垂直(y軸),奥行(z軸)の直交する電位成分(ベクトル)に分解して考えることができる。」
正:「3次元での回転は,垂直(x軸),水平(y軸),奥行(z軸)の直交する電位成分(ベクトル)に分解して考えることができる。」
※Elbert et al.(1985)の元の論文にそろえておきます。
(2) 補足説明
- 4頁, 第1章1節2「歴史」2006年12月8日追加
ヒトにおける誘発電位を最初に記録したのはPauline A. Davis(1939)であると本に書きましたが,これはBrazier (1984) によりました。Davis(1939)の論文(音刺激を使った)には,実験は1935-36年に行われたと書かれています。しかし,出版されたのは,Ruth M. Cruikshank (1937)の方が早いです(光刺激を使った実験)。Donchin, Ritter, & McCallum (1978)には,Cruikshankのデータが引用されています。Cruikshankは,Herbert H. Jasper (10-20法をまとめた代表者) の指導を受けた人のようです。ヒトにおける誘発電位は,1930年代の後半にいくつかの研究室でほぼ同時に発見されたというのが正しいのでしょう。ところで,Cruikshank (1937)の論文は,『実験心理学雑誌(Journal of Experimental Psychology)』に掲載されています。この分野の最初期の論文が,心理学の雑誌に掲載されているのは興味深いです。また,この2本の論文がどちらも女性によって書かれているのも,時代を考えるとやや意外です。
Brazier, M. A. B. (1984). Pioneers in the discovery of evoked potentials. Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 59, 2-8.
Cruikshank, R. M. (1937). Human occipital brain potentials as affected by intensity-duration variables of visual stimulation. Journal of Experimental Psychology, 21, 625-641.
Davis, P. A. (1939). Effects of acoustic stimuli on the waking human brain. Journal of Neurophysiology, 2, 494-499.
Donchin, E., Ritter, W., & McCallum, W. C. (1978). Cognitive Psychophysiology: The endogenous components of the ERP. In E. Callaway, P. Tueting, & S. H. Koslow (Eds.), Event-related brain potentials in man (pp. 349-441). New York: Academic Press.
- 15頁, 第1章3節2「頭皮上で記録されるERP」
脳から頭皮までの4つの組織-脳・脳脊髄液・頭蓋骨・頭皮-のうち,頭蓋骨が最も電気を通しにくく,脳や頭皮の約80倍です。もっとも電気を通しやすいのは脳脊髄液で,脳や頭皮に比べると5分の1程度,頭蓋骨と比べると300分の1程度です。Nunez (1981; 梶, 1991による引用)によると,脳脊髄液64,大脳皮質230~350,白質650,頭蓋骨20,000(単位Ω×cm)ということです(海水は20,血液は150)。
Nunez, P. L. (1981). Electric fields of the brain: The neurophysics of EEG. New York: Oxford University Press.
梶 龍兒 (1991). Current source density analysis (I). 臨床脳波, 33, 720-724.
- 56頁, 第3章5節1「サンプリング周波数」
「刺激呈示後1秒間くらいを検討するときは,最低200Hzで記録しておけば,十分に波形を再現できる」と書きましたが,これは経験的なものです。国際臨床神経生理学会連合のガイドライン(*)には,通常脳波の記録は最低200Hzで,長潜時誘発電位の記録は最低500 Hzで行うと書いてあります(Nuwer et al. Chapter 1.4. IFCN guidelines for topographic and frequency analysis of EEGs and EPs. pp. 15-20)。また,同じ本の中には,認知事象関連電位(P3,N400,ミスマッチ陰性電位)の記録は最低250 Hzで行うと書いてあります(Heinze, H. J., et al. Chapter 2.5. Cognitive event-related potentials. pp. 91-95)。根拠をもってサンプリング周波数を決めたいときは,これらのガイドラインに従うのがいいでしょう。私の研究室では最近は500 Hzで記録しています。
Deuschl, G. & Eisen, A..(Eds.) (1999). Recommendations for the practice of clinical neurophysiology: Guidelines of the International Federation of Clinical Neurophysiology (2nd revised and enlarged edition). Electroencephalography and Clinical Neurophysiology (Supplement No. 52).
- 57頁, 第3章5節2「フィルタ特性」
オームの法則(電圧=電流×抵抗)を E=I×Rと書きましたが,最近は電圧をVとして V=I×Rと書くことが多いようです。EをVと読み替えてください。
- 82頁, 第3章8節3「頭皮上分布の分析」
「scaling」 は,『学術用語集・心理学編』(文部科学省・日本心理学会, 1986)に基づき 「尺度化」 と訳しましたが,「基準化」といった方が適切かもしれません。
- 90頁, ガイドライン一覧 その他 2006年9月14日追加
「(B-1) インフォームドコンセントは文書に記載しなければならない。」 同様に104頁
「(B-8) 被験者が服用している薬物は記載するのが望ましい。」 同様に108頁
※”documented”の訳ですが,「論文に記載する」というよりも,「あとで参照・証明できるように記録して残しておく」という意味のようです。ただし,論文にも「インフォームドコンセントを得た」とか「薬物は服用していなかった」といった必要事項は書きます。同じ言葉は,「(G-4)アーチファクト補正手続きは明確に記載しなければならない」(92頁,131頁)で使われています。ここでは「論文に記載する」という意味でよいでしょう。補正方法によって結果が多少異なるので,どの方法で補正したかを論文に書いておかないと,データを解釈するための材料が減ります。
Young ERP Researcher Partnership (YERP)
現在は活動休止していますが,若手ERP研究者が中心となり,2004~2010年に活動していました。